7)粒子線治療の保険適用の問題と民間保険への影響

  粒子線治療には、多額の費用が必要です。現在日本では、完全な自費診療ではなく多くが先進医療として実施されています。ご存知のとおり粒子線(陽子線治療と重粒子線治療を含む)は、300万円前後が技術料として患者から徴収されています。そもそも最初に千葉県の放射線医学総合研究所における治療費用が決定されています。現在様々な先進医療は、認可申請の段階で技術料の内訳すなわち原価の根拠を提出しなくてはなりません。本来ならば粒子線の技術料も、そのように決定されなくてはなりませんが、300万円の価格はある意味政策決定された価格であり、諸外国からは300万円ですら安価であると論評されていました。確かに、当時粒子線の治療装置建設には、超高額な費用がかかり500億円ともいわれていました。しかし、その後粒子線は、公共事業の箱物建設が切り捨てになる中で、正面から建設推奨を唱えることのできる地方にとっての唯一残った公共事業の様相を呈しつつ、それまでの公共事業とは異なり、患者のための施設建設については多くの県民が異を唱えることなく現在の建設ラッシュに至っています。世界と異なる粒子線施設の増加は、メーカーも注目し、500億円の巨大な施設建設から現在では陽子線施設であれば50億円を切る施設の開発まで努力されています。すなわち、現在においても、またこれからも粒子線治療施設ごとに非常に治療原価が異なる施設の乱立が起こる可能性があるわけです。古くは原価割れしている可能性のある300万円の技術料も、今後は原価レベルで見ると遥かに安価な技術料で済む施設が登場する可能性があります。巨大な施設で巨額な費用のかかる粒子線施設が、医療機関に付属する安価に建設できるコンパクトな放射線医療施設として設置が進むかもしれません。すでに長野県にある地域の中核病院では、そのような施設の建設が進んでいます。人里はなれた山中に建設された施設も、市民が利用しやすい市中の病院で治療が受けられるようになる日が、現実化しつつあります。

 以上の前提を踏まえた上で、万一粒子線治療を保険適用する場合に、問題になるのは診療報酬点数です。300万円の診療報酬であれば、先行して建設された大きな治療施設は、ぎりぎりの収支で存続していけます。万一、最近建設される原価で診療報酬が決定されると、新規の施設は問題ありませんが、最初に建設された施設は巨顎の赤字を計上することになるでしょう。最近の流れでは赤字は県民負担です。要するに同じ治療であっても診療報酬が異なるのであれば患者は、安価な施設に集中し、古い施設は巨顎の赤字になる前に患者が来なくなり施設閉鎖となるでしょう。したがって、粒子線が保険適用されるのか、またどのように保険適用されるのか非常に興味深い問題です。

結局、この問題は費用対効果の検証と適切な診療報酬のあり方の問題です。未来永劫、粒子線治療が、他の治療より優位だという評価はありえない話です。

 すべての治療については効果が比較検証されなければなりません。従来の放射線治療と比較して粒子線が優位だということが証明されているわけではありません。すなわち、他の放射線治療と粒子線治療のランダム化比較試験が実施され、

  1. 粒子線治療が他の放射線治療よりも生存率の面で優位性が証明された
  2. 粒子線が他の放射線治療よりも生存率の成績の面で優位性は証明されない(優位性試験)が劣性でないこと(非劣性試験)が証明され、また重篤な副作用や費用の面で優位性が証明されている

以上のどちらか出ない限り粒子線治療施設を建設してよいはずはありません。しかし、医学会として両者共に証明されていません。特に費用面では圧倒的に従来の治療施設より劣性です。また現在専門家が評価しているのは、一部の軟部腫瘍と骨肉腫に対してのみ治療成績の優位性が評価されているようです。これらの患者数は少なく、全国に粒子線施設は1施設で済むということも言われています。

 さて、民間保険会社は、各社共に先進医療の費用を保障する商品を開発しています。すでに医療保険の市場では、先進医療特約の付加の有無や保障の範囲が販売競争に組み込まれてきています。また先進医療特約の販売では粒子線を象徴的に取り上げて先進医療における高額負担を説明し販売を拡大してきた事実があります。民間保険の先進医療特約の給付を背景に医療機関自身が粒子線治療を推進している現状もあります。そこで万一粒子線治療が保険適用になり300万円の3割負担が徴収されるようになると、医療機関から患者が離れる可能性と、先進医療特約の販売にマイナスのブレーキがかかる可能性が否定できません。

 このように粒子線治療の保険適用については、今後のその動向について目が離せない状況です。