14)予防医療と生涯医療費

 予防医療については、2つの大きなテーマがあります。

  • 予防医療は生涯医療費用と生涯介護費用に与える影響
  • 予防医療を公的健康保険の給付対象とすべきか

ご存知のとおり、国は後期高齢者の増加と国民総医療費の伸びを勘案して現役世代から予防医学的取り組みについて制度的に推進することとしています(健康21)。大きなトピックスは、よく知られているメタボ検診の導入でしょう。生活習慣病の発病抑制と悪化予防です。また、ここにきてようやく国民の禁煙率の目標が定められました。

 しかし、治療医学と異なり予防医学の目標は何でしょうか。治療医学の効果は、生存率向上であり、この目標の代替は、QOL(生活の質)の改善と治療に掛かる費用の減少効果です。しかし、予防医学の目標は正に国民の健康増進であり、個人を対象とする場合と集団を対象とする場合で効果検証の視標は異なります。治療医学よりも予防医学の目標設定は複雑です。

 そこで、集団に対する医療政策として予防医学的介入を積極的に行った場合、当然生活習慣病等の発病悪化は抑制され単年度の医療費は抑制されますが、上記①の問題を考えなくてはなりません。当然多くの研究者がこの問題に取り組んでいます。日本では日本公衆衛生学会でも厚生労働省の科学研究費補助金研究では、生活習慣に対する予防医学的な効果が生涯医療費用の増加に影響を与えないという報告がされています。長野県の平均寿命と県民医療費が、それぞれ日本一すなわち寿命が長く医療費が少ないことがデータで明らかです。様々な角度からその理由が研究されていますが、ひとつには地域住民に根ざした予防医学的啓発活動があることは有名です。また禁煙指導も生涯医療費を増加させる可能性が少ないことが推論されています。このように予防医学を推進する根拠は数多く公表されています。一方、イギリスの公衆衛生の研究で肥満に対する予防医学は、生涯医療費用を減じる効果がないという報告もされています。ここでは、少し視点が異なるので触れませんが、がん検診も予防医学的な取り組みのひとつです。これは、明らかに国民の生存率向上を目指す取り組みですが、がんや生活習慣病の究極である脳梗塞、動脈硬化性疾患を日本人が克服しても全ての人は死亡します。そこにある死因は、超長寿社会の死因として組織硬化性の疾患です。すなわち、アルツハイマー病、心筋症、腎硬化症などが主な疾患です。これらの疾患には、積極的な治療的医療より介護が必要になり、在宅であれ、施設であれ介護費用が必要になってきます。

 したがって、これらの研究としては予防医学的介入が、医療・福祉・年金といった総社会保障コストと比較した研究の成果が求められています。しかし、そのような視点で見ると明確な成果は出ていない現状です。

 さて、予防医学的な介入が、国民の総医療費や総介護費用を抑制するという仮定が成立する前提で②の問題を考えなくてはなりません。現在公的健康保険では、給付対象は傷病に限られます。従って、予防医学に対して一律給付対象となっていません。この点に関して、今後の疾病動向を考慮すると予防医学的介入は必要で、総医療費および生涯医療費を低減するならば、健康保険の給付のあり方を再考してもよいのではないでしょうか。ただし、予防医学に給付するとなると、給付の対象をどのように選定し、給付に関するモラルハザードが生じないように制度設計を考える必要が出てくるでしょう。

 公的健康保険で予防医学への給付範囲が容認されるようになれば、民間保険も今後、予防医学への給付を商品化できる可能性がでてきます。これまで健診目的の生存給付や付帯サービスとしての人間ドック割引などが導入されてきましたが、運動処方があればスポーツジム利用の現金給付を提供したり、人間ドック費用を実額給付するなど色々考えられます。また保険法が修正され現物給付が可能になれば、人間ドックの利用券やスポーツジム利用券の提供など可能になるでしょう。

 以上、解説しましたが今後の高齢化社会を考える上で、予防医学が与える社会保障費用への影響をまず調査分析することが最優先になるでしょう。