11)末期医療費削減とリヴィングウィルの誤解

  末期医療費に関する研究は、過去何回か公表されてきました。しかし、末期医療の正確な定義は存在しておらず、便宜的に死亡直前1ヶ月にかかった医療費で代替された報告が中心となっています。行政は、平成14年度の医療費を分析した医療経済機構の「終末期におけるケアに係わる制度および政策に関する研究」を元に、終末期医療について政策提言を行っています。終末期医療に多大な医療費が投下されており、医療経済の視点で終末期医療の制限策を論じるものまで出てきている状況です。著名な医療政策学者でさえ終末期医療不用論を展開するもので現れる始末です。医療経済研究機構のデータは、凡そ終末期医療が生涯医療費に占める割合が高いとの結果になっています。しかし、根拠となるデータは様々で、2007年の日医総研の調査報告を見ると終末期医療に必ずしも過大な医療費がかかっていません。後期高齢者の総医療費は高額で、末期医療に費用がかかっていると解釈がされやすいですが、日医総研のデータでは、死亡直前の入院医療費の分析で終末期に医療費が膨らんでいるものの過大というほどではない結果です。終末期医療の削減=総医療費の削減という単純な医療政策の推進には疑問を投げかける結果になっています。

 一方、安易な終末期医療の切捨てには慎重でなければなりませんが、最近各方面から延命治療の中止プロセスが公表されるようになっています。これは終末期医療費削減の医療政策として延命治療の制限策とは全く別の議論です。2011年に日本医師会が、2012年には日本救急医療学会がガイドラインを公表しています。終末期における人工呼吸器を取り外すなどの判断について刑事責任との関係を考慮して公表されたものになっています。

 積極的安楽死は論外ですが、消極的安楽死については医療現場では常に刑事責任の追及リスクを抱えながら終末期医療の中で患者や家族と向き合ってきていますが、個別医療機関や医師個人の判断に依存したままでした。富山射水市民病院の2006年の安楽死報道後、終末期医療、特に延命医療のあり方について検討されてきた結果、公的な性格のある医師会や学会がガイドラインをまとめたことは重要で、家族も悩む延命治療の中止について社会的コンセンサスが醸成されれば、超高齢社会である日本の医療が無用の混乱なく円滑に機能することになるはずです。救急医療学会のガイドラインでは「家族が医療中止を判断できない場合は医療チームが判断できる」と踏み込んだ内容ですが、家族や医療チームの判断の前に尊厳死の立場からリビングウィルを普段から示しておくことがより重要と考えられます。間接的な自死(自殺)としてではなく、あくまでも尊厳死です。リビングウィル推進は、決して目先の終末期医療費削減と混同して議論されてはならない問題なのです。

 民間保険としてこの分野に貢献できるとすれば、高齢者の終末期医療費は生前の医療保険からの給付で賄う方法以外に、葬式代として説明されてきた終身保険のリビングニーズ特約保険金の支払いによる精算も積極的利用も考えられるべきで、葬式代の販売話法以外に終身保険のニーズ喚起にもつながるはずです。