遺伝子検査を受けたのですが、保険に入れますか?

世界的に有名な女優のアンジェリーナ・ジョリーが遺伝子検査の結果、将来の乳がん発生に対する予防的乳腺切除を受けられ非常に社会的な関心事になっています。マスコミでも大きく取り上げられ、民間保険特にがん保険の加入に関して保険業界に対して問い合わせが増えています。

遺伝子検査の問題は、非常に大きな問題でセンシティブな問題ですが、一般消費者向けに遺伝子検査と保険加入の問題を公平な視点で解説した書籍は皆無と言えるでしょう(遺伝子の研究者は、民間保険の知識が不足しているからです)。また、最近の遺伝子を巡る分子生物学的な研究成果に哲学や文学部出身の一部の倫理学研究者は、追いついていない現状です。その結果、ヒトゲノムプロジェクトの成果を社会に還元するどころか未だに国民に誤った遺伝子決定論を思い込ませるような事態を招いています。したがって、この問題は、保険医学の重要テーマであり当研究所には専門家がいるため、少し時間をいただいて解説していく予定です。 

 さて、遺伝子検査と言っても多様です。またこれから受けようとされている方、受けた結果の説明を既にされた方など問題の受け止め方も様々なはずです。

遺伝子検査は、

  保因者診断

  病気の診断、疾病の細分化

  使用する薬剤の選択

  予後の判定

  研究

などの目的で行われます。

多くは、家系的に遺伝性の病気が多く発症しているので、自分にも遺伝子レベルの問題があるのか(保因者診断)どうか、何らかの症状はあるのだが最終的な診断のために遺伝子検査を受けるというケースが、従来遺伝子検査が行われてきた主な理由です。

 一方、最近では薬剤の効果に遺伝子レベルの差異により違いがあることがわかってきました。このため、薬剤を投与する前に遺伝子検査を行い最適な薬剤を選択することも行われるようになってきています。治療選択のための遺伝子検査になるわけです。

 このように、遺伝子検査を受ける、あるいは受けたといっても様々ですので、タイトルへの答えは単純ではありません。したがって、従来から一番問題として大きく取り扱われきた保因者診断と保険加入について解説しましょう。

 

○家族や親戚に遺伝子病がある方の遺伝子検査(保因者診断)と保険加入の問題

 この問題を考える上では、諸外国の状況が参考になります。

遺伝子検査の前提である遺伝子に対する捉え方も国や宗教や様々な社会的要因および科学知識のレベルによっても異なりますが、先進国の中には、民間の保険会社が保険加入の審査に遺伝子検査の結果を使用してはならないという法律規制が主流になりつつあります。勿論、民間保険会社の販売している商品は国により、会社により異なりますし、公的保険制度の充実度により民間保険会社の役割も異なるため、法律規制の背景も一様ではありません。

単純に考えるとこの問題は、保険会社にとっては人の病気に関係した遺伝子情報を参考にしたいが、遺伝子検査は個人の究極のプライバシー情報で、そのような情報で保険加入の判断をすることは差別だという議論が本質的議論です。遺伝子の倫理的な問題で国民的議論が必要な問題といえます。

残念ながら日本では、国内の議論や行政・立法府での議論は充分ではなく、放置されたままです。

 したがって、この問題への対処は、生命保険業界の自主的対応に任せられているという状況です。業界の団体である生命保険協会もありますが、所属する保険会社の問題への取り組みの温度差のために統一的な対応ができていないようです。

 議論が充分ではない段階では、保険会社は個別的に諸外国の対応を参考にしながら、自主的内規を作成し対応すべきでしょう。少なくとも発症してない保因者診断結果を使用することは、慎重にすべきことは言うまでもありません。当研究所としての見解ですが、国民的な議論が不十分な状況の間は、個別会社でモラトリアムを導入すべきと考えています。

しがって、消費者は各会社がどのような対応をされているのか確認してみる必要があるでしょう。真摯な対応、倫理的な対応ができているのかどうかは、会社の本質を見抜くよい方法かもしれませんね。ただし、当研究所の調査でも、アンジェリーナ・ジョリーのような保因者の保険加入を拒否する民間生命保険会社はいまのところないようです。

 保険と遺伝子を考える上で参考になる資料として、興味のある方は下記資料を参照されることをお勧めします。

 

慶応義塾保険学会編 保険研究第63集 2011年9月発行

「ポストシークエンス時代の遺伝子情報考察ー遺伝子情報取扱に関する保険実務的思考ー」